英語6単位消失事件について
みなさんこんにちは。お久しぶりです。
まあ、僕も色々と忙しかったんですよ。更新が遅れるのも仕方ないよね!
でも、もう大丈夫です。
バイトやめましたので。
まあ、その話はまたいつかしましょう。後輩にスタバで働きたい人もいるかもですしね。
今回はタイトル通り、僕の英語の単位が消えかかってるという話です。Twitterでも40いいねくらいきましたね(よくねえよ)。
最初に言ってしまうと、タイトル詐欺の可能性があるのですが、まだ消える可能性はあるのでこれでいいでしょう。これがメディアですよ。
話は都留の森の定例会の時でした。都留の森について気になってる方は下記ブログをお読みください。だいたい合ってるはずです。
https://aoyamasi.hatenablog.com/entry/2019/01/03/185926
TOEICの再試験の話題になったんですよね。僕は風邪でブッチして、先輩からは「なんとかなる」と言われていたので、再試験もスルーの予定でした。
そうしたら友人からこんなプリントが。
友人「お前、来年英語取れなくね?」
俺「えっ?」
友人曰く、来年は別の外国語を取り直して、三年終わりまでに外国語を取らなきゃとのこと。あれれ、おっかしいなあ。
あれれ、おっかしいなあ。
そもそも僕はこんなプリント教授から貰ってないんですよ。その教授も21日提出期限なのに25日に配布したらしいです。その日は、のほほんと旅してました。
だいたい僕が悪いで合ってますけど、十割僕が悪いなんて認めませんからね。適当な教授も教授ですよ。適当な僕も僕ですけど。
僕の信念として
「何かしらの点で彼らは根本的に間違っている。なぜなら私が間違っているはずないからだ」
というものがあります。僕の至極の一冊「太陽の塔」から丸々貰ってます。つまりは言い訳がしたいわけです。僕が全部悪いわけがない。
そんなこといっても卒業できなきゃ元も子もありません。社会の外には居たい人間ですが、外れるとドロップアウトは根本が違います。
仮に別の外国語を受け直すと、僕の取得する(予定)外国語6単位(前期落単済)が消え失せるそうです。英語6単位消失事件です。
仕方がないので、語学教育センターへ。僕が悪いけど、そこまで悪いわけでもなく、でも僕が悪いんですよ、といった感じでTOEIC再試験の申請をお願いしてきました。
センターの人「地域社会の本部へ行ってください」
遠いんですよ。あそこ。2号館6階ですよ。遠いんですよね。や、行くんですけどね。
社学本部の人「語学教育センターに戻ってください」
問題児は得てしてタライ回しにされるそうです。松山でもこんなことあったな。
語学教育センターに戻ると、TOEIC再試験の申請はやれるだけやってみるとのこと。結果は月末にわかるそうです。今って月末ですよね。まだわかってません。
ちなみに自費でTOEICを受けると来年に英語は取れるそうです。29日までだから早めに教えて欲しいっちゃ教えて欲しいですね。
そんなわけで比較的絶望しながら昼寝をキメます。困ったら寝るのが僕です。だいたいのことは寝ればなんとかなります。
1時間ほど熟睡して、思いました。
まあ、なんとかなるか!!
そういうことです。思ったんですけど、二年次に英語を受けないで、三年で英語を受ければいいんですよ。「外国語は2年で終わらせる」なんてのはただの常識であって、手段の一環でしかありません。抜け道はいくらでもあります。
で、家に帰り、鍋敷き(学生便覧)を見ます。
抜け道は呆気なく見つかりました。選択できないのは「英語コミュニケーション」のみです。
つまり下のreadingだのspeakingなどのよく分からないものを選択すれば、僕は外国語の単位を英語継続しながら卒業要件を満たして取得できるわけです。教職はとっくに捨てたので、なんの問題もありませんね。念の為に学務にも問い合わせましたが、大丈夫なようです。
ついでに今年は派手に落単しているので、来年度からの履修計画も練っておきます。来年からは専門科目が取得できるので、勝手に成績は上がるのではないでしょうか。ゼミの教授とも仲良いし良さげです。
つまり来年の僕はTOEICが受けられたらみんなと英語を受けるし、無理ならよく分からない英語を取る、ということです。
めでたしめでたし!!
【質問箱コーナー】
帰ってきました。質問箱コーナー。マシュマロにしたのは都留の森の質問箱の運用をしやすくするためです。
そして両立が意外と面倒でないと発覚したので戻しました。
じゃあいきますよっ!
なんで人間って生きているんでしょうね。種の保存の欲求があるのが動物じゃないですか、だから生きてると思うんですけど。
でも僕らはそれだけではないじゃないですか。
人間は恋愛をします。子供を作るのに、比較的長い時間を必要としますよね。これは種の保存の観点からすればあまりにも非合理的です。特に恋愛結婚が正義とされ、「デキ婚」が蔑視される日本はあまりにも独特すぎます。面白いですね。
ホイジンガでしたっけ、人間を「遊ぶ人」としたんですよね。ホモ・ルーデンスってやつです。
じゃあ恋愛も「遊び」と捉えれば納得はいきます。一応断っておくと「あたしとは遊びだったのね!」の遊びじゃないですからね。相対的に考えると遊びが人間の本質になってしまうのも分からなくもないです。
ところでなんで人間は生きてるんでしょうね。
次ですね。
そんな応援くれる貴方が僕も好きですよ。
戻しました。おかえり質問箱。
ほいつぎ。
だいぶ放置してしまいましたね。すいません。
偏差値の制度ってあまりにも明確に受験生を相対化できるから無くならないと思うんですよ。世の中って相対主義ですし。
そうなると、自然と頭の良い学生って偏差値の高い大学に行っちゃうと思うんですよね。結局大学の優劣と偏差値の高さは正の相関があると言わざるを得ません。
私大の院に関しても、社会に適合して生きることを考えると、就職予備校になってる大学の現状から「ある程度」の大学院に行っとかないといけないこともあって、生き残るのはネームバリューや偏差値の高い大学でしょうね。
あと院進した文系学生の先が無さすぎるのが有名私大の院が潰れる原因じゃないでしょうか。文系院生って明らかに資本主義の中では「遠回り」してる連中ですし。
生き残るのは偏差値の高い大学ですね。あとは個性の強い大学でしょう。個人主義の傾向が強いので、後者のニーズは間違いなく上昇していくはずです。
余談ですが、個人的には学問の自由を謳っていた京大が文科省に寄り始めたことが気になっていたりします。
最後に我らが都留文科大学はどっちの路線も取ってて微妙な状態だったり。
まだいきます。
たぶん北海道の方ですね。自慢します。北海道の頂点、札幌市立向陵中学校が僕の母校です。偏差値65で学年70番みたいなよく分からない世界にいました。
ほいほい。
大嫌いです。目的のために仕方なくやってます。できればずっとやりたくありませんが、やらないといけないのでやってます。早く翻訳機の開発をしてください。
英語を生で実感したい気持ちはありますが、それって5年は住まないといけないんだろうなって思ってます。言葉の中に含まれてるニュアンスとかまで感じ取れるようになってみたいですね。
今回はこんなもんですね。質問箱、暇なのでどんどん来てください。答えます(たぶん)。
ちなみにほとんどブログで回答するので、回答率は15%くらいですけどね。